北イタリアの
ホスピス視察と

在宅医療看護研修

 
開催:2020年3月

 
 
  

訪問看護ボランティア団体はヴェニスの北にある小都トレヴィーゾにあります。ホスピスは、近代のインフラの代表格である病院の理念から抜け落ちた部分、「不完全であること、失われること、治らないこと」を受け入れた 人間を支える、ポストモダンの時代に生まれたケア制度です。大きな病院の緩和病棟の代行としてではなく、あくまでも死を日常 - 家で迎えることで、患者が最期を自分らしく生き、 人間らしく死を迎えるという考えに基づく、ターミナル・ケアの草の根運動です。

 イタリアの特徴とその底力は、人口数万の小さくて魅力的な街が綺羅星(きらほし)のごとく点在することにあります。どこも自然の美しさと歴史的佇(たたず)まいをもち、個性ある生活環境を誇っています。北イタリアのヴェネツィア近郊にあるトレヴィーゾもその代表の一つ。イタリアと日本という、国と風土の違いを超えて伝わってくる「看取り」の心とは?



訪問看護ボランティア団体 ADVAL

北イタリア トレヴィーゾ

訪問看護ボランティア団体「ア ド ヴァ ル」はヴェニスの北にある小都トレヴィーゾにあります。ホスピスは、近代のインフラの代表格である病院の理念から抜け落ちた部分、「不完全であること、失われること、治らないこと」を受け入れた 人間を支える、ポストモダンの時代に生まれたケア制度です。大きな病院の緩和病棟の代行としてではなく、あくまでも死を日常 - 家で迎えることで、患者が最期を自分らしく生き、 人間らしく死を迎えるという考えに基づく、ターミナル・ケアの草の根運動です。無償の在宅緩和ケア組織として出発した 「ADVAR」 とはAssistenza,Domiciliare Volontaria Alberto Rizzotti の略称です。
イタリアの特徴とその底力は、人口数万の小さくて魅力的な街が綺羅星(きらほし)のごとく点在することにあります。どこも自然の美しさと歴史的佇(たたず)まいをもち、個性ある生活環境を誇っています。北イタリアのヴェネツィア近郊にあるトレヴィーゾもその代表の一つ。
 突然襲った癌(がん)で最愛の夫を失った女性アンナが、死と向き合った夫との深い交流の体験をもとに、癌末期患者の家庭介護の民間ボランティア組織を設立し、死を迎えるまでの終(つい)の棲(す)みか、ホスピスを手づくりで完成させたのです。アンナ・マンチーニ女史は、医療や福祉の専門家ではありません。夫の死を契機に、人生を見つめることからこの世界に飛び込み、志を共にする人々と一緒にホスピス建設に命をかけました。
 「死はスイートなものよ」。アンナの言葉に衝撃を受けた横川善正教授は、彼女を支え、取り巻く人々と、その夢の実現―ホスピス建設に向けての歳月に寄り添うことになりました。イタリアと日本という、国と風土の違いを超えて伝わってくる「看取り」の心とは?
イタリアは、イギリスやドイツと比べ、ホスピスの後進国。自治体には頼れず、制度も不備ななか、個人の想像力に始まり、それに共鳴する人々が真のボランティア精神で取り組んだアンナ達(たち)の活動は、福祉の原点を問い直します。そこにはカトリックの国らしく、他者を思う博愛の気持ち、連帯の精神があります。そんな社会活動家のアンナですが、公的な場に出るには服装に気遣うし、食事には手を抜きません。末期患者に音楽が最良の点滴になるという人間らしい発想もイタリア的です。
 注目すべきは、彼女達の活動を支える背景に、歴史と自然に恵まれたトレヴィーゾそのものがあるという指摘です。この街全体がホスピスなのだと言います。
 福祉は北欧がモデルだと言われてきました。ですが、家族や地域コミュニティーを大切にする南欧型社会を見直すのも、高齢化を迎える日本の社会を再考するのに重要ではないでしょうか。明るく陽気なイメージばかり強調されるイタリア社会が本来もつ生真面目(きまじめ)さが伝わります。

ホスピス

いわゆる団塊の世代がいよいよ人生の最終ステージにさしかかる十数年後,いま日本にある病院の半分がホスピスにとってかわりそうな予感がします.これは決して,絵空事ではありません.
 今日の日本のホスピスは,ともすると「あっちの世界」として,日々の意識からはできる限り遠ざけておきたい場所として捉えられがちです.しかし,ここで紹介する北イタリアの小都トレヴィーゾ発の末期介護組織「アドヴァル」では,患者も家族もヴォランティアも,みな例外なく死にたいして開かれており,それぞれが本当に生きているのだ,という感慨を深くさせます.
こんなホスピスだったら今すぐにでも予約しておきたい,また,心ある医療者なら,今の病院よりも働き甲斐があると思うであろうようなスタッフと施設に出会えます.彼らの生き方,会話,表情は「スイート」であり,「アーチスティック」とさえ呼んでいいものに映ります.
 これからのホスピスのみならず,ヴォランティア活動,そしてわが国の医療が向かうべき方向がここに示されているように思います.同時に,我々の幸福観や生命の価値にたいするおおきな転換を呼びかける,新しい時代の静かな革命基地がホスピスであると考えます.
限りある生命と時間を濃密に生きようとするホスピスの患者やそこに寄り添うヴォランティアの生き方とが、ぎりぎりまで自己を追いつめながら自己実現に命をかけるアーティストのあいだには、何らかの精神的相同を見いだされます。